海洋は地球の七割を占め,健全な地球環境を維持するためには大変重要な役割を担っています。私,荒巻能史は,国立研究開発法人国立環境研究所の研究職員として,分析化学あるいは地球化学的な手法によって海洋環境における物質循環過程の情報を取得し,これを解析することから,海洋環境の保全や将来予測に有効な情報の発信を柱に教育,研究を行っています。このウェブ・サイトでは最近の研究例について簡単に紹介します。

 

【研究の概要】

 

「太平洋表層水中の炭素同位体の時間変動」

 国立環境研究所・地球環境研究センター(NIES/ CGER)では,1995年より海運会社のご協力のもと,商船に観測機器を搭載して太平洋海域での二酸化炭素フラックスを測定しています。本研究では,人為起源二酸化炭素の吸収源としての海洋の役割を正確に把握するため,2003年より日米を往復する商船によって得られる北太平洋表層海水中に含まれる無機炭素の同位体比(炭素13及び炭素14)測定を継続的に実施しています。これに加えて2010年からは日豪を往復する商船によって西太平洋の観測も開始しています。これらの観測から,大気海洋間の二酸化炭素交換速度の季節変動や表層海水の流動変化などを解析しています。

 

「温暖化に伴う日本海の深層循環の変化」

 日本海は,小さいながらも外洋で見られる様々な地球規模での海洋現象が存在していることから,「ミニチュア大洋」とも呼ばれ,我々日本の研究者にとって海洋研究のための格好の“実験場”を提供してくれています。この日本海の深層(水面下2,000mよりも深い所)では,近年,地球温暖化の影響ではないかと疑わせる様々な「環境変化」が報告されています。本研究については,環境省の環境研究総合推進費の支援によって,研究課題 A-1002「日本海深層の無酸素化に関するメカニズム解明と将来予測(FY2010-2012)」として,海洋研究開発機構,北海道大学大学院水産科学院,九州大学応用力学研究所などと協力して実施しました。とはいえ未解明のことが山積で,現在も化学トレーサー(ここでは,炭素同位体比,トリチウム,フロン類など)を用いて海水流動過程の研究を継続しています。

 

「海洋に放出された放射性物質の移行・挙動に関する研究」

 福島第一原発の事故では,震災の影響によって高濃度放射能汚染水が直接海に流出しました。汚染水の多くは原発の沖合表層を東向きに流れる黒潮続流によって太平洋に広く拡散・希釈されますが,一部は東北沿岸で親潮の一部が黒潮の下に沈み込んで房総半島沖へ南下する親潮潜流に取り込まれて日本列島南岸へ輸送されることが考えられます。また,事故直後に大気中に放出された放射性物質は,降雨等によって陸域に蓄積された後,河川を経由して沿岸域に輸送されます。そこで,震災直後の2011年5月より,金沢大学低レベル放射能実験施設のご協力のもと,福島沿岸域と東京湾を対象に海水中の放射性セシウム同位体(Cs-134及びCs-137)の精密測定を実施しています。これと並行して,2014年からは,低レベル汚染水の海洋放出をモニタリングする目的で,福島沿岸域でのトリチウム(放射性水素)の精密測定を開始しました。